10月はまさに読書の秋らしく、どの本も読み応えたっぷり。
気づけば「これも外せない…!」と選びきれず、紹介するのはなんと14作に。
ジャンルを問わず、心に残った作品たちをまとめてご紹介します。
人事の日本史/遠山美都男 関幸彦 山本博文
人事によっていかに歴史が動いてきたか、と日本通史としても面白い。また、経済雑誌「エコノミスト」に連載されていただけあって、歴史の中から人と組織を見つめ直すビジネス書としても興味深い一冊。歴史書、ビジネス書として一挙両得なのに、各ケースを短くまとめていて、初学者にも読みやすい良書でした。
- 律令制・・・位階による人事システムが江戸の武士の時代まで大きな力を発揮する
- 菅原道真・・・藤原氏との政争に負けての大宰府左遷かと思いきや、他の学閥からの嫉妬が遠因になっていた
- 藤原道長・・・「人事権」に価値を置き、摂政や関白よりも「一上」のポストに固執した
- 大江広元・・・鎌倉幕府設立時に京から「天下り」。生え抜きばかりでなく、組織に異物を入れる効用の好例
- 大久保彦左衛門・・・武功とプライドはあるけれど、時代に取り残される悲哀。パソコンが苦手な中高年を見るかのよう

学閥、天下り、家柄、嫉妬、能力主義、などなど。現代日本の組織文化にも通じる「あるある」が満載です。サラリーマンの悲哀を感じずにはいられません。
個人的には足利尊氏と弟の直義の二頭体制の破綻が悲劇的で印象深い。温情主義者の兄と合理主義者の弟、当初は上手く機能していても最終的には破綻してしまうのを見ると、二頭体制を持続させることの難しさが示されています。
眠れないほどおもしろい平家物語/板野博行
高校の古典の授業で『祇園精舎』や『敦盛の最期』など印象的な場面を断片的に学んだ方も多いと思います。この本は、そうしたエピソードをひとつの流れとしてつなぎ、平家物語の世界を“全体で”理解できるようにしてくれます。
ガイド役は耳なし芳一。やさしく語りかけるような文体で、古典が苦手な方でも無理なく読める一冊です。文章は少しくだけていますが、入門書としてはとても親しみやすく、平家物語の入口にぴったりでした。
- 平忠度・・・平家都落ちの前に師匠である藤原俊成に和歌を託した歌人
- さざなみや 志賀の都は あれにしを むかしながらの 山ざくらかな
- ゆきくれて 木のしたかげを やどとせば 花やこよひの 主ならまし
- 平維盛・・・平家一門随一のイケメンだけど、戦には弱い。その容姿は、次のとおり
- 今昔見る中に、ためしもなき『建礼門院右京太夫集』
- 容顔美麗、尤も歎美するに足る『玉葉』
- 六代・・・維盛の子息。源平合戦後、頼朝より殺されそうになり、文覚が奔走する
- 後白河院・・・頼朝に「日本国第一の大天狗」と罵られた権謀術数の政治家
- 保元の乱、平治の乱では平清盛の力で乗りきる
- 清盛の死後は、源氏に加担して平家を滅亡させる
- 院宣を巧みに発して、義仲、義経を討たせる
- 和歌の実力はないが今様狂いで、「梁塵秘抄」を編纂した

“平家は平氏の中の一門であって、平家=平氏ではない”。
そんな基本から始まるこの本、読みやすいのにしっかり深いです。
読んでいて思ったのは、源氏は現実的に戦う人たち、平家は都の雅(みやび)を大切にする風流人という対比がくっきりと描かれていること。
頼朝が平家を容赦なく滅ぼしたのに対し、清盛は女性に懇願されて、義経や頼朝を助けてしまう。
その甘さが一門の破滅を呼ぶけれど、そこにこそ清盛の人間味があり、平家物語が長く愛されてきた理由なんだと感じました。
経済で読み解く日本史4 明治時代/上念司
明治時代の歴史を経済の視点で読み解く一冊。個別の人物も登場しますが、経済の動きから時代の流れを俯瞰的に理解することができる良書。
- 世界が金本位制に移行する中、新しい金山が発見されずゴールドの生産量が増えなかった。そのため、貨幣量不足によるデフレ不況が発生した。
- 明治になって10年間は、太政官札よりも江戸時代の金貨、銀貨、藩札のほうが信用されていた。
- 日英同盟締結の真相は、ボーア戦争にかかりきりのイギリスが、日本をロシア南下阻止に利用しようとしたため。
- 高橋是清による対ロシア戦費調達時の外債発行条件を見れば、国際市場における日本の地位の変遷がみてとれる。

小村寿太郎は不平等条約解消の立役者として記憶していましたが、ポーツマス条約締結に際して、誹謗中傷を受けていたとは驚きでした。大衆を煽る新聞報道が政治判断を誤らせ、日本を国際社会からの孤立に導いていった。今も昔も情報操作とは恐ろしいと実感して読了。
眠れないほどおもしろい吾妻鏡/板野博行
吾妻鏡に関しては、古典の授業で聞いたことがあったようなあやふやな記憶しかなく、いつの時代が舞台なのかすら定かではありませんでした。読んで吃驚、北条氏の血で血を洗う歴史書でした。同じ著者の平家物語と合わせて読むと、物語がリンクして二倍楽しめます。
- 源実朝の暗殺・・・三代将軍実朝が鶴岡八幡宮で、二代将軍頼家の子の公暁に暗殺される。実朝の首が行方不明とか、黒幕説など諸説あり。また、実朝は和歌の名人として有名 世の中は 常にもがもな 渚こぐ 海士の小舟の 綱手かなしも
- 梶原景時の讒言・・・義経を讒言し、死へ追いやった梶原景時。彼の讒言に辟易していた六十六人もの御家人からの連判状により失脚した。

平家が貴族らしい雅を貴んで亡んだのと比較すると、源氏はなんとも血生臭い。なりふり構わない暗殺や讒言、凄惨な殺戮など、貴族文化から武士の世への時代の流れを感じました。平家物語と比較して読むと一層深みがあります。
平家物語/角川書店編
平家物語の解説だけでなく「祇園精舎の鐘の声~」と、原文の雰囲気も味わいたくて手に取った一冊。贅沢にも名場面だけをピックアップして原文と解説を併記してくれています。原文で平家物語のもの悲しさを味わいつつも、平易な解説で古典の理解が深まる一粒で二度おいしい本でした。

原文ではあるものの、平家物語は琵琶法師の語り言葉だからなのか、比較的内容を理解しやすい文章になっています。「那須与一」や「先帝御入水」、「知盛の最期」などはやっぱり原文で読みたい!!巻末には平家の落人部落の情報まで載っていて、平家ファンにならずにはいられません!
眠れないほどおもしろいやばい文豪/板野博行
ほんの少しは読んだことがあるけれど、実はあまり読んでいない文豪の名作。なんとなくハードルが高いので、手に取るきっかけになればと読んでみました。各文豪の驚嘆エピソードでぐいぐい惹きこまれる一冊です。

どの作家のエピソードも尋常でない。作家に興味を持つことで、自ずと作品にも手が伸びるのでは⁈実際に私も読了後、中島敦と泉鏡花の本に手を伸ばしました。
文字禍・牛人/中島敦
中島敦の本を読みたくて作者買いした一冊。収録作品は、「狐憑」「木乃伊」「文字禍」「牛人」「斗南先生」「虎狩」の六作品。「狐憑」~「牛人」は短編で「斗南先生」「虎狩」は中編でした。

10ページ足らずの短編なのに内容が濃厚でした。個人的には、自伝的な内容の「斗南先生」や「虎狩」よりも、異国の不思議な話を題材にした短編、特に「文字禍」が好みでした。高校生の時に授業で習った「山月記」よりも読みやすい印象です。また、中島敦は横浜で女学校の教師をしていたとのこと。こんな作品を書く文豪に教えてもらえるなんてすごい時代です。
文字の無かった昔、ピル・ナピシュチムの洪水以前には、歓びも智慧もみんな直接に人間の中にはいって来た。今は、文字の薄被をかぶった歓びの影と智慧の影としか、我々は知らない。近頃人々は物憶えが悪くなった。之も文字の精の悪戯である。人々は、最早、書きとめて置かなければ、何一つ憶えることが出来ない。
「文字禍・牛人」中島敦 2020年 p30
夏休みの殺し屋/石持浅海
「殺し屋探偵」シリーズ四作目。安心して読めるお気に入りシリーズの最新作。人知れず副業で殺し屋稼業を営む富澤允と鴻池知栄。二人に届く殺人依頼には、今回も不思議なオプションが。第一発見者を指定したい、死体に椿の花を添えてほしい・・・。今作も安定感抜群の面白さでした。

どの作品も安定して面白いのですが、第一発見者を指定する「近くで殺して」と、二人の殺し屋が交錯する「夏休みの殺し屋」が好みでした。
一次元の挿し木/松下龍之介
ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝人類学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。
これだけでも惹きこまれる設定なのに、そこに連続殺人事件が絡んでくる。面白くないわけがありません。
- 七瀬悠・・・とんでもなく美形の大学院生。遺伝人類学を学ぶ。
- 七瀬紫陽・・・悠の妹。四年前に失踪した。
- 石見崎明彦・・・悠の担当教授。何者かに殺害される。

『このミステリーがすごい!』大賞の文庫グランプリなんですが、サスペンス的な要素も強く、ハラハラしながら一気読みしてしまう作品でした。伏線回収と圧巻の結末は、さすがグランプリ!と脱帽しました。
高野聖/泉鏡花
泉鏡花の本が読んでみたくて作者買いした一冊。収録作品は、「義血侠血」「夜行巡査」「外科室」「高野聖」「眉かくしの霊」の5作品。「夜行巡査」と「外科室」が短編。その他は中編でした。

解説に”歎美な魅力”とありましたが、まさに雅で妖しい世界観でした。中島敦の漢文調とも異なる独特の古典調の優雅な美文でした。有名なのは「高野聖」なのでしょうが、本モスはファンタジーではない「義血侠血」「夜行巡査」「外科室」が好きでした。登場人物の愚かなほどの一途さが、胸に迫る作品でした。日本文学が誇らしくなる傑作。
茜唄/今村翔吾
平清盛の最愛の子として知られる平知盛。
巨星・清盛を失い、平家が没落の道をたどるなかで、武士の生き方を模索しながら一門を支え続けた知盛の生き様が胸を打ちます。
直木賞作家・今村先生が、その生涯を、平家一門を、熱く描いた傑作です。
- 平知盛・・・平清盛の四男。”相国最愛の息子”と言われる才気を持つ。
- 希子・・・知盛の妻。貴族らしからぬ奔放さで、知盛と相思相愛。
- 平教経・・・知盛を「兄者」と慕い、”王城一の強弓精兵”と謳われる武者。

最初のページから最後まで、ただただ圧巻!
知盛はもちろん、教経や知章、重衡、木曾義仲まで、誰もが綺羅星のように眩しく輝いています。
そして今村先生の筆が描く『平家物語』は、もちろんただの史実の再現ではなく・・・。
読み終えたあと、しばらく放心するほどの余韻。この一冊で、すっかり平家ファンになってしまいました。今年読んだ小説の中でも、間違いなくベスト3に入るお気に入りです!
2時間でおさらいできる日本文学史/板野博行
受験勉強のためではなく、「次に読む一冊を探したい」と思って手に取ると、不思議と本に導かれるような気分になります。
気負わず読めて、文学史の流れをさらっとつかむのにちょうどいい一冊。

一読して、次に読みたい本がどんどん見つかってしまいました。……これは、もう古典沼の入り口ですね。
野菊の墓/伊藤左千夫
二十数年ぶりの再読。収録作品は「野菊の墓」「浜菊」「姪子」「守の家」の四作品ですが、「野菊の墓」以外はすっかり忘れていました。矢切の渡し付近の静かな田園を舞台に、十五の政夫と二つ年上の従弟・民子との間に芽生えた恋。しかし二人は、世間体を気にする大人たちに隔てられてしまいます。

若い男女の悲恋といえば、誰もが思い浮かべるのはシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』。
けれど、日本文学の傑作『野菊の墓』では、海外文学の激しい情熱とは対照的に、静かで可憐な哀しみが胸に沁みます。
日本的な哀しみの繊細さを感じた物語でした。
「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」
「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」
民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。
「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」
「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」
「それで政夫さんは野菊が好きだって……」
「僕大好きさ」「野菊の墓」伊藤左千夫、新潮文庫 1999年 p23
幽明遥けく隔つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ。
「野菊の墓」伊藤左千夫、新潮文庫 1999年 p67
堤中納言物語/坂口由美子編
「虫めづる姫君」をはじめ、今ではほとんど残っていない平安末期から鎌倉時代の短編10編を収録した作品集。10編の作者も同一人物ではなく、趣も異なります。
- 第一話:花桜折る中将
- 第二話:このついで
- 第三話:虫めづる姫君
- 第四話:ほどほどの懸想
- 第五話:逢坂越えぬ権中納言
- 第六話:貝合わせ
- 第七話:思はぬ方にとまりする少将
- 第八話:花々のをんな子
- 第九話:はい墨
- 第十話:よしなしごと

短編集の中で特に好きなのは「虫めづる姫君」。
虫を愛でる姫君と聞くと少し奇抜に思えますが、実は自分の好きを大切にする、今の時代にも通じるヒロイン。
そして「貝合わせ」も愛らしく、どちらもラストで「え、ここで終わり!?」と思わせるような余韻が残ります。
千年前の物語なのに、こんなに共感できるのが不思議です。



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