鎌倉時代、大盗賊、ミステリ、連作短編集。好きな物の詰め合わせのような設定と表紙絵に惹かれ、手に取った一冊です。
鎌倉時代の都でつつましく暮らす老侍。その正体は、かつてその名を轟かせた大盗賊・小殿でした。彼に興味を持って訪れた、下級貴族の橘成季と少年僧侶”明けの明星”に小殿は昔の悪事の顛末を謎かけ形式で語ります。
登場人物
- 小殿(ことの)・・・・かつての大盗賊。石清水八幡宮の稚児だったが、親の仇の伯父を討つと、寺を飛び出し盗賊となった。盗賊だけでなく、山賊や海賊、追剥など悪事の限りを尽くした。盗賊とは思えないほどの美男。
- 橘成季(たちばなのなりすえ)・・・・人の好い下級貴族。高貴な人物が小殿の謎かけに不正解しても気分を害さぬよう、道化てみせる気遣いの人。「古今著聞集」の作者。
- 明けの明星・・・・弟を亡くして落ち込んでいるという少年僧侶。少年らしく小殿の仇討ち話や謎かけに興味を持ちます。
- 運慶・・・・東大寺の仁王像を造った仏師。第一話「真珠盗」のゲスト。
あらすじ
伝説の盗賊の棟梁、小殿の屋敷を橘成季が訪れることろから物語は始まります。説話集を作るために訪問した成季には二人の僧侶が同道していました。一人は浮かぬ顔をした少年僧侶”明けの明星”。もう一人は仏師として名高い運慶です。昔の悪行を悔いて、自ら出頭した小殿は、老年を一人寂しく暮らしていました。その侘しい賤家を訪ねてくれた彼らに、盗賊時代の逸話を謎かけにして語ることにしたのです。

物語は連作短編集になっています。若き日の小殿が起こした事件を一話ずつ語り聴かせます。また、橘成季と明けの明星は毎回登場するレギュラーですが、一話ごとに歴史上でも有名な豪華なゲストが登場するのも見どころです。
第一話<真珠盗>
石清水八幡宮を飛び出して盗賊になったばかりの十五歳の小殿が名を挙げた最初の盗み。都中の盗賊が集まる酒宴において、一粒で商船一艘の積荷ほども価値のある白珠(真珠)を九粒も持っている貴族がいると話題になります。功名心にはやる小殿は、難攻不落の屋敷から盗み出すと宣言し、負けたら一生分け前なしの手下になると賭けをします。

第一話のゲストは運慶。小殿がどうやって白珠を盗みおおせたか、その手口を成季、明けの明星とともに推理します。
第二話<顛倒>
第二話のゲストは高層の栄西と慈円僧正です。三十歳の小殿は、上洛した鎌倉殿(源頼朝)の邸宅に忍び込み、危うく捕縛されそうになったところを、上品な女童(めのわらわ)に救われます。小殿は恩人である女童に頼まれて、東大寺の正倉院にあるという貴重な霊薬「冶葛(やかつ)」を盗み出すことになります。無事に冶葛を盗み出した小殿ですが、正倉院から飛び出すと、殺人事件に巻き込まれてしまいます。

第二話では盗みの手口ではなく、殺人事件の推理が謎かけになっています。
そして栄西が語る女童の正体と彼女の運命にほろりとするお話です。
第三話<妖異瀬戸内海>
海賊となった小殿は、仲間と一緒に商船を襲います。首尾よく船ごと積荷を手に入れた小殿たちですが、瀬戸内海を進もうとすると、水夫たちから海賊から宝を横取りするという百中太夫という恐ろしい海賊の噂話を聞きます。百中太夫を恐れもせずに瀬戸内海を進む一行ですが、百中太夫から矢を射かけられ、這う這うの体で逃げ出すことになります。そして翌朝、矢傷を受けた仲間の死体が発見されます。さらにその翌朝も、仲間が一人死体となってしまいました。

マンモスはこの「妖異瀬戸内海」と次の「汗牛充棟奇譚」がお気に入りです。犯人は百中太夫なのか、それとも仲間に裏切り者がいるのか。鎌倉時代のクローズドサークルです。
第四話<汗牛充棟奇譚>
雅な客人を迎えた小殿は、客に合わせて「源氏物語」を盗んだ話をします。当時は印刷技術もなく、物語を手に入れるのは並大抵のことではありませんでした。運よく買ったり譲ったりしてもらえればよいのですが、そうでない場合は、借りた物語を自分で書き写すしかありませんでした。小殿は、そんな貴重な物語の中でも人気のある源氏物語を全帖盗み出して、高く売りつけようと企みます。
小殿は、知性と教養のある妻(彼女も大盗賊)と相談し、物語収集家の貴族宅から源氏物語を盗む算段をはじめます。

源氏物語が好きな人には嬉しい一話です。マンモスもこの話を読了したあとに、そういえば・・・と調べ直しました。古典の知識とミステリが融合するとこうなるのか、とわくわくする話です。
最終話<雪因果>
明けの明星が故郷の神社の別当に就任することになり、別れの宴を開くことになります。小殿は、明けの明星が興味津々であった仇討ちの話を語ります。当時、石清水八幡宮の稚児であった小殿がどうやって大柄な伯父を討つことができたのかがついに明かされます。

これぞ連作短編集の醍醐味。最終話でこれまでに張り巡らされた伏線が見事に回収されます。爽快感のある「なるほど」を堪能することができました。
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