幸福度最高値の傑作小説/「人魚が逃げた」青山美智子

小説

人魚、王子、銀座。魅力的なワードとSNSでの称賛に釣られて手に取りました。幸福度最高値の宣伝に偽りなく、優しい気持ちになれる一冊でした。

あらすじ

土曜日の銀座。街頭インタビューを受けた青年は、自らを「王子」と名乗り、「僕の人魚が、いなくなってしまって・・・・・・逃げたんだ。この場所に」と語ります。SNSでは「人魚が逃げた」という言葉がトレンド入りします。

さて、そんな人魚騒動の裏では、五人の男女が人生の節目を迎えていました。彼らは銀座の歩行者天国で、件の「王子」と出会うのですが。

マンモス
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物語は連作短編集になっています。一章ごとに、「王子」と出会った人物の人生の分岐点が語られます。もちろん連作ならではの、この章のここと、この章のあそこがつながっているという発見も見逃せません。

登場人物

  • 王子・・・自らを「王子」と名乗り、街頭インタビューで、人魚がいなくなってしまったと語った青年。端正な顔立ちで、王冠を被っている。
  • 友治・・・十二歳年上の女性と交際中の会社員。元タレント。
  • 伊津子・・・娘と買い物中の主婦。

1章<恋は愚か>

元タレントで会社員の青年は、年上で稼ぎもあり落ち着いた恋人に引け目を感じています。自信がなく、ついつい自分を大きく見せるような嘘や強がりを言ってしまう彼は、彼女が映画を見て「素敵」とつぶやいたティファニーで、背伸びをしたプレゼントを買おうと決意します。そんな彼が「王子」と出会って・・・。

「好きです」と言う僕に、「ありがとう」と答えた理世さん。

彼女に僕は物足りないんじゃないかなんて懸念しながら、実はその逆だったのかもしれない。僕が、足りないって思ってたんだ。もっともっと、彼女の「好き」が欲しくて。

「人魚が逃げた」青山美智子 2024年 p39

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自分に自信が持てない。相手にあきれられているのではないか。好きだからこそ抱える自己嫌悪に共感しながら、友治青年の恋を応援したくなりました。

2章<街は豊か>

五十歳を過ぎた伊津子は娘の菜緒と銀座でショッピング。ティファニーの袋を下げて、傍目には幸せそうに見えますが、菜緒は、明日には夢を追いかけて渡米してしまいます。娘の旅立ちに寂しさと心配を感じるのとは別に、夢を叶えようとする娘と、五十を過ぎた自分の人生を顧みて、満たされない気持ちを抱えています。そんなとき、「王子」と出会って・・・。

でも時折、心に隙間風のようなものが吹いてくることは否めなかった。この満たされない気持ちはなんだろう。

秀でた才能も特技もなく、これだといえる趣味さえ持っていなくて、「私」の人生が見つけられない気がするからかもしれない。

雄介の妻であり菜緒の母親である、私はいったい誰なのか。私はどこにいるのかと。

「人魚が逃げた」青山美智子 2024年 p55

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中年になってわが身を顧みると、満たされない気持ちになる。すごく共感しました。この本では五つの物語、五人の男女が登場しますが、年齢的に最も自分に投影して読んだ作品です。

おすすめポイント

ここでは、1章と2章だけを紹介しましたが、この他に3つの物語があり、それぞれほっこりと優しい物語が紡がれます。

張り巡らされた伏線

連作短編集の醍醐味ともいえる伏線。ミステリではありませんが、各話に散りばめられた伏線が、後半にするすると繋がっていく様子は爽快です。

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なるほど、そうだったのか!と頷きながら読みすすめ、あれっとなって、えーっ!となりました。騙されたのに爽快で、このラストしかないと納得の終幕でした。

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