冷酷な殺人鬼、サイコパスの弁護士が主人公という強烈な設定なのに、主人公の行動から目が離せないスリリングな一冊。さすが「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。電子書籍で読んだものの、紙でも読みたくなって再読してしまいました。
登場人物
- 二宮彰・・・・自分にとって邪魔な者たちを日常的に殺してきたサイコパスの敏腕弁護士
- 荷見映美・・・二宮と交際している社長令嬢
- 杉谷九朗・・・サイコパスの医師。二宮の知人で協力者。
- 脳泥棒・・・頭部を開いて脳味噌を持ち去る連続猟奇殺人犯
- 戸城嵐子・・・「脳泥棒」を追う刑事
あらすじ
ある日、仕事を終えて自宅マンションへ帰ってきた二宮は、駐車場で「怪物マスク」を被った男に襲撃され、斧で頭を割られかけます。頭部に怪我を負ったものの、なんとか九死に一生を得た二宮は、警察の犯人逮捕に協力するのではなく、自らの手で男へ復讐することを誓います。
妖しい月に照らされて、二宮はこれ以上ないほど口角を吊り上げた。
おもしろい。やれるものなら、やってみろ。俺の方こそ、お前を殺してやる!
「怪物の木こり」倉井眉介 2020年 p101
協力者で、自身と同じサイコパスの医師である杉谷と「怪物マスク」の正体を追う二宮ですが、怪我を契機に、サイコパスとしての自身の行動に不可解な違和感を覚えます。子どもへの理不尽な暴力がゆるせなかったり、映画の物語に共感したり。サイコパスの二宮には考えられないことです。
そんな中、頭部を開いて脳味噌を持ち去る連続猟奇殺人が世間を賑わせます。戸城嵐子は、「脳泥棒」と名付けられた犯人を追いますが、嵐子たちの懸命の捜査にもかかわらず事件は続いて・・・。
「怪物マスク」を追う二宮と、「脳泥棒」を追う嵐子。いつしか二人の物語は交錯していきます。
おすすめポイント
物語は二宮と嵐子の二人の視点で語られます。「怪物マスク」を追う二宮と「脳泥棒」を追う嵐子。交互に入れ替わる二視点でテンポよく進む物語が、次第に交錯していきます。警察には内密に「怪物マスク」を追っているうえに、殺人の常習犯でもある二宮が、嵐子と対峙する場面では手に汗握るスリリングさがあります。

二視点でテンポよく進む物語についついページをめくる手が止まらなくなりました。その結果、あっというまに作者の術中にはまり、見事に騙されました。
サイコパスである二宮が共感能力の片鱗を持ったことをきっかけに、サイコパスとして生きることと、人として生きることの違いや、その境界について考えさせられる社会派な面もある物語です。

人は他者に共感することができるからこそ、幸せを感じることができるんだと思う反面、共感するからこそ、生きづらさを感じるのだとも言えます。特殊設定のミステリでありながら、人の内面に切り込んだ作品だと感じました。
本気の涙を流したことのない二宮の目には矢部の涙が滑稽に映った。ただ死ぬだけなのに、何をそんなに泣くことがあるのか。快楽と怒りだけが人生のすべてである二宮には、涙を流すという感覚自体がまるで実感の伴わないものだった。
「怪物の木こり」倉井眉介 2020年 p14
次に読むおすすめ作品
快楽や怒りすらなく、あらゆる感情が欠落した心を持たない男の話です。
猟奇的な連続爆弾犯のアジトで発見された、心を持たない男、鈴木一郎。逮捕後、新たな爆弾の所在を警察に告げた、この男は共犯者なのか。江戸川乱歩賞受賞の傑作です。
こちらは小説ではなく漫画ですが、「怪物の木こり」を読んで、私が即座に連想した作品です。
ドイツで働く天才脳外科医・Dr.テンマ。院長の娘と婚約し、将来を嘱望される彼のもとに、ある日頭部を銃で撃たれたという少年が運び込まれます。同時に脳血栓で倒れた市長の手術を優先しろという院長の命令を倫理観から無視し、ヨハンという名の少年の命を救ったテンマ。しかし、その日から順風満帆だった彼の人生は一変します。読み始めると手が止まらなくなる名作です。
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